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2024/03/29 22:44 |
ツンデレラ最終章 ―パディとピピンのお話―



 『”・・・と、魔法使いは言って、去って行きました。”・・・おしまい。』

 『すごーい!ねえねえお母さん!私、魔法使いになる!』

 『本当?いいなーお母さんもなりたかったなー。
  ・・・あ、魔法使いになるなら、早く寝て大きくならなくちゃね。



  それじゃあ、おやすみ、ピピン』

 『おやすみなさぁい』



+++



時は過ぎて早7年。

朝早くから、今日一日を生き抜くための水をバケツいっぱいに、二人の少女が歩いていた。

「ピピン、最近暑くなってきたよねー」
「そうだねー。水の蒸発も激しいし、井戸、もつのかなあ・・・」

そんな他愛もない話―――彼女達にとっては深刻なのだが―――を続ける二人は、
幼い頃からの大親友。もう姉妹みたいなものだ。

「ねえアリーちゃん、そういえばさ、今朝みんなが騒いでたけど・・・どうしたの?」

そう話を切り出すのはピピン。
今朝からずっと、気になって仕方なかった。
だから、普段はもっと早く行く水汲みを、今こうしてアリーとしているのだ。

ピピンの問いかけに、アリーと呼ばれた少女が、軽く説明した。

「ああそっか、ピピンはまだ聞かせてもらえないのか―――。
 なんかね、今日表の方に変な人が出たってさ。
 おじさん達、みーんな怒ってたよ・・・。

 ・・・あ、このこと、みんなには内緒だからね?」

こくこくと激しく頷くピピンを見て、微笑みながら暗い顔を上げたアリー。
その表情から、どれだけ怒っていたかが読み取れる。

「いいなあ、私も早く大人になりたい・・・」
「後1年もすればなれるじゃん!辛抱辛抱っ」

落ち込むピピンを慰めるべくか、アリーが慌てて笑う。
本当は背中でも叩いてやりたかったが、両手のバケツがそれを邪魔した。

この町の制度では、13歳になると共に”大人”の称号が与えられる。
”大人”になると、話し合い・町長立候補など、様々な権利を得ることが出来るのだ。

今年13歳になったばかりのアリーは、今朝から話し合いに参加していた。
結果は・・・結局まだ幼いアリーは形としての参加しか出来ず、
おじさんおばさん達の決めたことに同意せざるを得なかった。

「あははは、ありがと。
 でもさ、人が来るなんて普通でしょ?盗賊?」
「うーん、なんだろ・・・おじさんが言うにはさ、

 ・・・魔法使い、とか言ってたらしいよ」

その言葉に、一瞬顔をしかめるピピン。
それに気づいてか、アリーが慌てて謝る。

「ごめん、おじさんが言ってたことだし、間違ってるかもしんないや。
 朝早かったしね。うん、多分間違ってるよ」



突然だけど、私は魔法使いが大嫌いだ。

『健気に生きればいつかかならず望みを叶えてくれる』

その言葉を信じて、5年前まで生きてきた。
当時の私は”健気”の意味なんて微塵も分かっていなかったけれど、
毎日早起きして、いっぱいご飯食べて、いっぱいお手伝いをして、早く寝て。
そうすると、お母さんが喜んでくれたから。
私は魔法使いになって、みんなが、お母さんが、笑えるような町にしたいと願った。

お母さんは、ある日突然、蒸発したかのようにいなくなった。

唐突だった。
その日から3日は、アリーちゃんの家でひたすら泣いていた。

それと同時に、みんなは喜んだ。
入手がかなり困難になっていた米が、急に手に入るようになったから。

その頃、私は何もわかっていなかったけど、

私は、

私は、―――魔法が、嫌いになっていた。



「ふー。疲れたぁ」

バケツを家の中に置いて、今、ようやく朝の仕事が終わった。
アリーとは、さっき家の前で別れたところだ。
肩の力を抜いて、軋むベッドに背中から飛び込む。
至福のひと時。

そのままの体勢で、吹いてくる隙間風を堪能していると、

「・・・ん?」

ふと、小さい頃に読んでもらった絵本を思い出した。
題名も何も覚えていないけれど―――読んでいたお母さんの声は、思い出せる。

そういえば、お母さんがいなくなって5年か。

滲み出てきた寂しい気持ちをかき消すように、くすり、
誰に向けるでもなく、笑顔を作ってみた。
向かいに見える鏡に映ったその笑顔に激しい嫌悪感を覚えて、
そこからまた、朝の魔法使いの話を思い出す。

「魔法使いなんて、大嫌いだ」

瞬時、私はあの時の絵本を探したい衝動に駆られ、
己の欲望のまま、棚の中を漁り始めた。


見つかったのは、それから1時間も後の話。
棚の中から移動して、ベッドの下の箱にまで手を伸ばしていた時だった。

本を取り出し、表紙を指でなぞってみる。
表紙絵は、魔女と小さな女の子だった。
・・・昔、この女の子と私を重ねて、読んでたんだっけ。

そう思い、ページを開く。
話の内容は、ごく普通の、ありふれた話だった。
魔法使いを名乗る人が、いじめられていた女の子を助ける話。
魔法らしい魔法は一切出てこなかった。

そして、最後近くまで読み進めていたのだが、

「あ、れ?」

最後のページが、破れてなくなっていた。

「っかしいなぁ・・・」

その辺りにあった別の箱や、動かなくなった時計の下を見るが―――何もない。
変なの。読みすぎて破っちゃったのかな。

と、そこで、外が騒がしくなっているのに気づく。
耳を澄ますと、おじさんやおばさん達の怒声が聞こえるのがよく分かった。
・・・またあの変な人騒動かな。

「さってと、」

少し、見てきましょうか。


絵本を置いて走り去ったピピンを横目に、はらり、
隙間風に吹かれて開かれたページには、

魔法使いを追いかける、女の子がいた。



大通りから少し外れたところで、ちょっと風変わりな鬼ごっこが行われていた。
逃げている人が1人に対して、鬼が1、2、3、・・・たくさんいる。

「そっちに回ったぞ!追え!!」
「ちょこまかと鬱陶しいぞこいつ!」
「ほらあなた!後ろに行ってるじゃないの!」
「分かってるよ!」

そんな大人達の声を潜り抜けて、饅頭を咥えた”変な人”は走り続ける。
・・・2日間の飢えが重なってか、足元はふらついている。
だが、それでも逃げられるのは、今まで同じように繰り返してきた慣れからだろうか。

「ははふふっふひはへはいほひー・・・」

逃げながら一人、何かを愚痴る。
だが、口に咥えた饅頭が、それを言うことを許さない。
・・・しかもこの饅頭、出来立てだからか、結構熱いのだ。

「はふい!!」

思わず口に出た本音・・・すら言葉に出来ない。
早くどこか隠れられる場所を探さなければ。

「!!」
「おいおい魔法使いさんよぉ、それ、うちの商品なんだよな」

目の前には、厳つい体をしたおじさんが、仁王立ちで立っていた。

ヤバい。

魔法使いと呼ばれた”変な人”は、ひしひしとそう感じていた。
ヤバい。逃げられない。
そう感じ、ひとまず饅頭を口から離す。
熱すぎて耐えられない。無理。

「料金、払ってもらえるか?」
「生憎、ここの通貨なんて・・・持ってないもので」
「そうか・・・


 ・・・なら、力づくでも返してもらわないとなあ!」

そう言い、男は腕をぶんぶん振り回した。
ヤバい。ヤバいヤバいヤバい!!
こうなりゃ逃げちゃ駄目かな、と、頭から突っ込もうとしたとき、

左手が、引っ張られる感覚に襲われた。

「あ、おい待て!」

男が慌てて追おうとするも、そこは狭い狭い路地裏。
小柄な魔法使いでさえ、入るときに頭を打ち付けたのだ。
ガタイのいい男が、入れるわけがない。

「ふふふふふ!じゃあ失礼!」

そう捨て台詞を残し、魔法使いはその場を後にした。

このとき魔法使いは、初めて、万有引力とニュートンに感謝したという。



「いやいや、助かったのだよ。どうもありがとう」

目の前で壁にもたれこむ魔法使いを見て、私は呆れた。
何にって―――あのおじさん達にも、この魔法使いにも、

私自身、にも。

おじさん達の話を盗み聞く絶好のスポットにいつものように隠れていた私は、
あの時何故か、この魔法使いを助けていたのだ。

「全く失礼しちゃうなあ!私だって2日もはひほはへへ・・・」

途中から饅頭にかじりいたので、おかげで何を言ってるかさっぱり分からなくなった。
ただ一つ分かったことは、

この人―――助けて、よかったのだろうか。

「あのー・・・あなた、なんでこんなところに?」
「んは?はっへははひ、ひははいはほーふ
「飲み込んでから話して下さい」

聞き取れないから。

そして、その言葉を素直に受け取ったのか、
熱すぎることで評判のあの饅頭を一瞬で飲み込み、涙目のまま話し出した。

「と、まあね、私、これでも魔法使いなのだよ」
「見たら分かります。」
「・・・そっか・・・」

涙目のまま、饅頭を見つめる。
そんな魔法使いは、見るからに魔法使い!という姿をしていた。
黒いローブに、黒いとんがり帽子。帽子の中からは眼鏡が覗いている。
こんな灼熱地獄のような町を黒一色で歩いていたのだから、
相当疲れているだろう。

馬鹿だなあ。
率直に思ったことはそうだった。

「ね、君、魔法使いとか嫌いでしょ?」

見事に的を射たその質問に、私は硬直せざるを得なかった。
そんな反応を見て、魔法使いは寂しそうに笑う。

「だと思ったのだよ。君、結構分かりやすいタイプだよね?
 ・・・変な気使わせちゃったかな。ごめんね。」
「・・・・・・」

何も言えなかった。
実際そうだし、なにより、変な言い訳も見透かしそうな眼鏡の奥が、
少し―――怖かった。

そんな私の反応を見て一瞬目を伏せた後、再び笑顔を持ち直して魔法使いは言った。
そういうところが、何だかアリーちゃんに似てて・・・

「あ、私の名はパディ。君は?」
「・・・ピピン、です」
「ピピン、かあ。どこかの国の王様みたいだね!」

そう言って、声を立てずに笑い出す魔法使い―――パディさん。
何が面白いのかさっぱり分からなかったが、パディさんを見てると、

「・・・あははっ」

何故か、笑えた。
そんなこと言われたの、初めてなんだもん。

「お?笑った?笑った?」
パディさんが、狭い路地裏の中でピョンピョン跳ねながら聞く。
「あはっ・・・あ、いや、失礼な意味じゃなくって・・・」
「分かってるのだよ。ピピンちゃん、って呼べばいいのかな?」
「あ、いえ、あ、はい・・・」

おかしいな。
いつの間にかペース崩されちゃってる。
変なの。どうしちゃったのかな。

その横でパディさんは饅頭にかじり付き、再び熱さに悶えていた。
・・・かじりつかなきゃいいのに。

「ちょっとパディさん」
「ふ?」
「それ貸してください」
「ふ!?」

ははーはへはいんはははー!と叫び続けるパディさんを無視して、
(おそらく「やだーあげないんだからー!」とでも言ってるのだろう)
右手に持っていた饅頭を奪い取り、そのまま饅頭を二つに割る。
その後、その二つ共を返したときのパディさんの顔は、未だに忘れられない。

「熱そうだったんで・・・これ食べるときは割るのが基本なんですよ」
「・・・ひは・・・いらないの?」

飲み込みながら片手を差し出すパディさん。
私は、その手を自分なりに丁重に断って、それから土埃をはらった。

「さて、と」
「ん?どうしたんだい、ピピンちゃん」
「ここじゃいずれはバレますね。家、案内します」
「いやいや、流石にそんな・・・」
「大丈夫ですよ。家にはどうせ親もいませんし」

そう言い放った私の目が冷たかったからなのか、

パディさんは、それ以上何も問いたださなかった。



家に着いたとき、絵本はまた別のページを開いていた。
魔法使いと女の子が、二人でベンチに座っている絵だ。



「どうぞ、本当に狭いですが・・・」
「おじゃましますなのだよー」

ピピンちゃん曰く「その辺座ってて下さい」とのことで、
私は遠慮なくベッドに座った。
・・・自分でも図々しいとは思っているが、何せローブを着ているのだ。
床に座れない。

「しかし、本当にありがとなのだよ。
 にしても、ここにいたら君まで巻き添えを・・・」
「あ、いえ。元々この町も悪いんですもん。
 ・・・おかしいですよね。多分うちだけですよ、旅人受け入れないの」

そう言い、ピピンちゃんは呆れたように笑う。
たった十数年生きただけの少女が、こんな風に笑うのか。

私は、逃げ惑うだけの自分の不甲斐なさを呪った。

そんな間もピピンちゃんは隠れる場所を用意していたらしく、
大きい棚を、その細い腕からは想像もつかない程の強さで押しのけた。

「とりあえず・・・その棚とベッドの間にでも」

ピピンちゃんに指差された、頑張れば成人一人入れるくらいの四角の中に、
私は自分の体を詰め込んだ。
・・・途中、ローブがビリッと音を立てて裂けたのが分かった。
嗚呼!長年ありがとう私のローブ!

「ピ、ピピンちゃん、一応入ったのだよ」
「分かりました。狭くてすみませんね・・・」
「あ、しっ、ピピンちゃん、静かに」

ピピンちゃんには何のことかさっぱり分からなかったみたいだけど、
ずっとあちこちを渡り歩いてきた私には分かる。
・・・誰かが、こちらに向かって歩いてきていた。

そんな私の予感(まあ隣の家のノックの音で分かったんだけどね!)は見事的中。
しばらくすると、小さな家にノックの音が響き渡った。

「はーい」

ピピンちゃんの明るい声。

おお、中々の演技力だよピピンちゃん。

そう感心している間、ピピンちゃんは表でおじさんとしばらく話しているようだった。
・・・まさかピピンちゃん、私のこと、売ったりしないよね?

その心配も無用だったようで、ピピンちゃんは一人で、家に戻ってきた。

「多分もう大丈夫だと思います・・・」
「あ、はは、ありがとなのだよ」

ピピンちゃんの手を借り、どっこらせと立ち上がる私。
こういう時、魔法使いじゃなければどれだけ楽だったかと―――

「あ!」
「どうしました?」
「あ、いや何でもないのだよ」

まさかローブが裂けたなんて、口が裂けても言えない。

そんな私をちらりと見た後、一瞬何かを見つめていたが、私はあまり気にしなかった。

「・・・そうですね、じゃあこれからどうするんですか?」
「うーん・・・出来るなら頃合を見計らって町を出たいのだが・・・」
「この町のことですもん。
 放ってたらきっと追うのもやめるでしょう」
「そうなのかな。・・・じゃあ今日の晩にでも出るとするよ。」
「出来るだけ早く行ってくださいね」
「そうだよね、うん、そろそろ行くよ」
「分かり・・・え?もう出るんですか?」
「そりゃあね。長い間世話になるわけにもいかないし」
「・・・・・・・・・・・・」

そのままピピンちゃんは何も言わず、ただ外へと案内した。
私は、ただ一言「ありがとう」とだけ言って、足早に歩き出す。

私達は、二度と関わることがないだろうと、思っていた。



パディさんが家を出た後、私は、絵本を探すべく散らかした部屋を片付けることにした。
絵本も片付けるつもりだったが・・・何故だか、しまうことが出来なかった。

・・・パディさん、大丈夫かな。

そう思った自分に少し腹が立ち、床を拳で殴ってみる。
ゴン、と低く響いたその音は、私を少し冷静にした。

「魔法使いなんて、」

その続きが、出てこない。

でも。

パディさんも、所詮、詐欺師なのだ。
私をまた一人にさせる。
お父さんも、お母さんも、パディさんも、みんな私を放って―――

「・・・大嫌い、だ」

そう呟いた自分の中に、何か黒いものが込み上げてくる気がした。

その時、外が急に静かになったのが分かった。
きっと、おじさん達が追うのをやめたのだろう。
私が気に留めるほどのことではないと思っていた。

ただ、・・・今までにない程の胸騒ぎが、何だか気持ち悪い。
空腹と吐き気が同居するような、胃がねじ切れそうな、
それでいて膨れ上がるような。

「ちょっと散歩・・・する、だけ」

その呟きは、自然に私を落ち着かせていた。



散歩という名義と共に全力疾走する私。
太陽は真上を通り越し―――気温は暖かさを通り越して、暑苦しい。

砂漠地帯の景色を堪能するわけもなく、当てもなく走る。
火照った体が妙に気持ちよくて、不思議と走り続けられる気がした。

そんな気持ちも、そう長くは続かなかった。

「このクソ野郎が!!」

体の芯が、すぅ、と冷めた気がした。
そして、そんな罵声と共に、ドゴッという鈍い音が聞こえたのを最後に、

私は・・・音の鳴る方へ、駆け始めていた。



「ったぁ・・・いなあ、いきなり何するのだよ」
「この野郎!まだほざくか!!」

そして、再び拳がパディに飛んでくる。
もちろん痛いのだけど、出来るなら避けたいのだけれど・・・
恥ずかしいことに、空腹がそれを許さなかった。

そのまま、1、2、3・・・と、殴られ続ける。
その間、小さく悲鳴を上げながらも、やり返しはしない。
それは、パディがマゾヒスティックなわけではなくて、

「暴力反対ー・・・」

パディは、力なく呟いた。

その呟きは殴られてすぐに消えていったが、
それと反比例するかのように、体の痛みは増してくる。

嗚呼・・・最後にお腹いっぱい、美味しい物食べたかったなあ・・・

そんな脇役の死に際の台詞を思い出しながらも、パディはただ、殴られ続けていた。
ついには空っぽの腹まで蹴られ、思わず吐き気をもよおす。

「おいどうした!何もできねえのか!」

ようやくと言うべきなのか、パディの口にすっぱいものが広がる。
いつの間にか吐血していたようで、パディはただただ感心するばかりだった。
ああもう何考えてるんだ私!でも口から血ってかっこいい!

そう思いながらも、やっぱり体には痛みがリアルに伝わってきて、

「・・・やっぱり、・・・死にたく、な・・いの、だ、よ!」

パディの悲痛の叫びは、駆ける少女の耳に―――届いた。



一瞬だけど、太陽の方向にパディさんの声が聞こえた。
もう随分側まで来ていたらしく、生々しい音がうっすら聞こえる。

私は、おじさんにバレないように、壁の裏に隠れた。


「あ!?じゃあ魔法使い、魔法でも何でも使って俺を倒してみろよ!」

そう言いながら、パディさんの胸倉を掴んで持ち上げるおじさん。
帽子は、幸いなことに地面に落ちたままほとんど無傷だったけれど、
ローブはボロボロ、眼鏡なんてひびが入ってしまって使えない。

おじさんの怒声を浴びながら、パディさんは焦点の合わない目を開いて叫んだ。

「じゃあ何なのだよ!魔法であんたを殺せって言うのか!?」

突然の変貌ぶりに、おじさんも、私も、固まってしまった。
パディさんは、まるで何かが切れたかのように、また叫ぶ。

「魔法使い名乗ってる私が言うのもおかしいけどね、
 絵本の中のような魔法なんて存在しないよ!
 そうだよ、私は魔法使いなんて名乗れる者じゃないさ!
 詐欺師?勝手に呼んどけ!」

―――分かっていたけれど、こうあっさり現実を突きつけられると・・・

頭では納得していたけど、体がそれに追いつかない。

・・・お母さん、魔法使いになんて、やっぱりなれないんだ。
早く寝て、いい子にしてたけど、やっぱり・・・駄目なものは、駄目だった。

私が上の空でパディさんの声を聞いてるうちに、
おじさんも我慢がきかなくなったらしい。

「さっきからギャンギャンギャンギャンうるせえな!
 んだよ!魔法使えないからって言い訳が鬱陶しい!」

そう言って、叫ぶパディさんの頬を殴る。
口からまた血が出る。見てる私まで吐き気がしてきた。

「ま・・ま、ほうは、―――魔法は、人を生かすものだ!」

その時、私の体は無意識に動いて

おじさんとパディさんを

引き剥がしていた。

「お、おいピピ―――」
「ねえおじさん!もうやめてよ!痛いでしょ!
 パディさんだってお腹減ってたんじゃない!
 町人同士は助け合ってるのに・・・なんで、やりすぎだよ!
 人殺し!人殺し!ひどいよおじさん!!」

無我夢中でおじさんを叩く。
さすがのおじさんもこんな現場を見られているとは思っていなかったらしく、
私に言い聞かすかのように何かを言い続けていた。

そんなおじさんの言葉を聞き流して、私はパディさんに向き合った。

「あ、ありが―――」
「パディさんもパディさんです!
 そりゃ勝手に持って行ったらおじさんだって怒りますよ!
 一言くらい交渉持ちかけました?謝りました?
 礼儀も守れないで今までよく旅人やってこれましたね!」

お礼を言いかけたパディの声を潰すくらい、大声で怒鳴ってやった。
結局は、どっちもどっちなのだ。
ただ、おじさんの早とちりと、パディさんの常識のなさが生んだ出来事であって。

悪いのは、両方。
だから、二人が謝れば、終わるお話。

そんな簡単な考えだったけど、この場に及んではこれでいいじゃないかと思った。

「ほら二人とも!早く謝って下さい!」
「え、ちょっと待っ・・てよ、休みたい・・・」
「先謝ったら休んでいいですから!早く!」
「「ごめん・・・なさい?」」
「なんで疑問系なの!それに私に謝るんじゃなくて!はいもう一回!」
「「ごめんなさい・・・」」

おじさんは、明らかに納得いってない風だったけど、
その後、パディさんがふらついたかと思ったら倒れちゃったから、

とりあえず、パディさんを私の家まで運んで、今日のこの出来事はおしまい。



「ん・・・あ、れ?」

見上げれば、そこまで高くない天井。
しばらくぼやけた木目を見つめながら、ふとパディは我に返る。

「・・・ここどこ?」
「あ、起きましたか?」

視界に、ズームアップでピピンの姿が映る。
その手には木の桶があって、ようやくパディは介抱されたことに気づいたのだった。

「また迷惑かけちゃったのかな・・・ごめんね」
「い、いえ!とんでもないです!
 むしろ私の方がお節介焼いちゃって・・・!」

パディが謝ると、頭をぶんぶん横に振ってそれを否定するピピン。
・・・出会った頃のような、冷たい印象は受けなかった。

「何度もありが―――いたぁぁぁい!」

お礼を言おうと体を起こした瞬間、パディの全身に激痛が走る。

ピピンは慌てふためきながらも、「まだ少し療養が必要ですね」と苦笑した。



それから数日が過ぎると、私は、我ながらすごい速さで怪我を治していた。


「見て!ほらほら、こんなに動けるようになったのだよ!」
「わー!すごいですパディさん!さすがです!」

私が意識を失ってからというもの、ピピンちゃんが異常なまでに優しくなっていた。
優しい、を通り越して、これは一種の恐怖すら覚える。
・・・何この態度の急変。

そんな疑問とは裏腹に、私は体力の回復を示すために、飛んだり跳ねたり踊ったりしていた。
ピピンちゃんも、それに(恐ろしいほどの)笑顔で答えた。

「じゃあそろそろ着替えますか?」
「うん?ありがと、気利かせてくれて」
「いえいえ、今持ってきますね」

そう言って、ピピンちゃんはあの大きな棚をあさりだす。
私は、血だらけだったローブ、ではなく、この町の民族衣装を借りて着ていた。

「どうぞ」
「ありが―――」

何故だか、ローブの破れた箇所がしっかり縫われていた。

「―――これ魔法?」
「・・・魔法なんてないなんて言ったの、パディさんですよ?」
「じゃ、これ・・・もしかして、」
「もしかしたら、魔法かもしれませんね」

あはは、と、笑うピピンちゃん。
それにつられて、私も笑う。

「だとしたら嬉しいね。
 魔法使いも、本当にいるもんなのだなあ」
「何言ってるんですか、私の目の前にいるのに」
「いや、案外分からないものなのだよ?
 もしかしたら、私の目の前にいるのかもしれないし」
「そんなわけないですよ」

着替えながら、そんな他愛もない話を続ける。
新調されたローブを羽織ると、柔らかい香りがした。

うふふー、と、私が舞い上がっていると、ピピンちゃんが慎重な面持ちでこちらを向いた。

「パディさん・・・・・・いえ、師匠と呼ばせてください!」
「ししょッ!?」

冗談かと思ってピピンちゃんを見たけど、ピピンちゃんの目は―――真剣だった。

「え、嘘でしょ?あれ本当?え?」
「本当です師匠!初めは・・・あまりいい印象じゃなかったですけども、
 師匠といると、あのえっと、その、なんていうかー」

ごにょごにょと俯きながら呟くピピンちゃん。
HAHAHA、私に褒める所がないことくらい分かってるのだよ!!

「・・・師匠といると、外の町も見たくなってきたんです」

窓の外を見据えながら、ピピンちゃんは言った。

「ほら、この町って結構なんていうか、閉鎖された感あるじゃないですか?
 まあそんなわけで・・・前から出てみたいな、っていうのもあったんですけど・・・」

お母さんにも会いに行きたかったし・・・

ピピンちゃんは、無意識のうちにそう呟いていたようだった。
何か事情があるのだろうけど―――私には、首を突っ込めないことなのだろう。

いつの間にやら私と向き合う形になっていたピピンちゃんは、姿勢を正して言った。

「だから、どうか弟子にして下さい!!」

バッ、と、ピピンちゃんは土下座した。

・・・いやいやその展開はどう考えてもおかしいと思うよ!

「だ、だからって、なんでわざわざ私に・・・」
「だって、師匠、あんなに追われて散々だったのに、

 ―――楽しそうだったんですもん」

楽しそう?何が?私そんなことしたっけ?

はて、と思い、しばらく考えてみるけど・・・特に心当たりはない。

「ほら、あの路地裏のときとか・・・
 追われてる最中に飛び跳ねるなんて、普通なら怖くて出来ませんよ」

あんなの物音ですぐ見つかりますよ、そう言ってピピンちゃんは笑った。
そんなつもりはなかったのだけど・・・だとしたら危なかった・・・

「だからほら、師匠の度胸だとか、あのー・・・
 とにかく!師匠について行きたいと思ったんです!」

最後は適当極まりない締め方だったが、言いたいことは分かった。

・・・そして、私の結論は、

「うん、じゃあ来る?」
「え、嘘っ本当ですか!?」
「嘘も何も、言ってどうなるのだよ」

やった!と小さくガッツポーズをするピピンちゃん。
本当なら私もここでガッツポーズしたいのだけれど、
さすがに師匠たるもの、そんな大人気ないことはできない。

「それじゃあ、早速準備してきますね!」

そう言い、嬉しそうにピピンちゃんは戸棚をあさり始めた。
ああ、この子が私の弟子・・・。

ふと、側にある絵本が、魔法使いと女の子が笑っているページを開いた。

そして、自然と私の頬が緩むのを感じた。

「これからが楽しみなのだよ」



準備が終わった後は、適当に朝ごはんを頂いて、それから二人で表に出た。

ピピンちゃんが親友に別れの挨拶をしたいようで、とりあえず親友さんの家に向かった。

「アリーちゃんって言うんですけど、本当、すっごいいい子で!」

―――らしく、聞いたところによると、相当仲がいいらしい。
それを聞くと、ピピンちゃんを引き剥がして連れて行くことに、罪悪感を覚えてきた。

ゴンゴン、ゴンゴン。

アリーちゃんの家の戸を叩くピピンちゃん。
そして、数秒も経たぬ間に、アリーちゃんが出てきた。
・・・同じ町出身だからだろうか、なんとなく雰囲気が似ている。

「あれーピピン、どうし・・・あの、どちら様で?」
「アリーちゃん、この方はパディさんっていうの!
 すっごい素敵な人でね、それで―――」
「ねえ、この人って噂の魔法つ・・変な人、でしょ?」
「うん、そうだよ?本当すごい人でさ!」
「ふーん・・・」

どうやらアリーちゃんは私によい印象を持てなかったみたいで、
どうも冷めた目で私のことを見ていた。

・・・なんだかなあ。

「でね!私、この人と旅に出ることにしたの!」

一瞬、アリーちゃんの顔が曇ったのが分かった。
そりゃそうだろう。
長年一緒にいた親友を放って、突然現れた不審者について行くと言うのだから。
アリーちゃんは、どう見ても納得した表情をしていなかった。

でも、アリーちゃんの答えは意外だった。

「・・・そっか、うん、頑張ってきなよ」
「ありがとう!」

ばっ、とアリーちゃんに抱きつくピピンちゃん。
そのときアリーちゃんが寂しそうに笑ったのは、多分私しか見てないのだろう。

「たまには帰ってきなよ?家も取り壊さないでおくからさぁ」
「うん、また帰ってくるね」

震えた声に応えるのは、邪気のかけらもない明るい声。

―――ごめんなさい。

私は、涙目の少女に、ひたすら叫んで―――謝りたかった。


「じゃっ!行ってきまーす!」

ピピンちゃんは、まるで一人遠足にでも行くかのように、はしゃいで歩き出した。
アリーちゃんは、・・・最後まで、雫の一滴も落とさず、崩れそうな笑顔で手を振っていた。

このままで、いいのだろうか。

そう思った私は、いつの間にかピピンちゃんの肩を掴んでいた。

「ピピンちゃん?本当にいいの?
 私だってそんな生ぬるい旅人じゃないんだ、一度行ったら帰って来れないかもしれない。

 ―――後悔しない、って、約束できる?」
「う・・・で、出来、ます」
「本当に?下手したらもうアリーちゃんにも会えないんだよ?
 それに、君はよくてもアリーちゃんはどうなんだ?
 事情は知らないけれど、君だって―――置いて行かれた者の気持ち、分かるだろ?」

私は、あの時の路地裏での会話を思い出していた。

 『家にはどうせ親もいませんし。』

そう呟いたピピンちゃんの目は冷たくて、―――寂しそうだった。

「だ、だって・・・だって、」
「今ならアリーちゃんだっている!まだ間に合うから!

 ・・・お願い、戻って・・・」

泣きそうになっているピピンちゃんを見てると、こっちまで泣きそうになってくる。
でも、あのアリーちゃんが堪えたんだ。私が泣いちゃしょうがない。

「・・・分かりました、でも、―――また、パディさんも、来てくれますよね?」

そう、小さい声で、ピピンちゃんは言った。

「もちろんなのだよ、立派な”大人”になったら迎えに来るからね。
 それまで、しっかりこの町で暮らしなよ?」
「え、何でそのこと知って―――」
「魔法使いは、なんでも知ってるのだよ」

とりあえず、その場で取り繕った、適当なポーズをしておいた。
そんな私を見て、ピピンちゃんが小さく笑った。

「じゃあ早く行きなよ。アリーちゃんが待ってる」
「・・・ありがとうございます!」

だっ、と、ピピンちゃんが道を引き返した。
ずっと家の前に立っていたアリーちゃんは、驚きと嬉しさで、口が塞がらないようだった。

さあ、そろそろ私も行くとするのだよ。



誰にも気づかれないまま、音も立てずに、絵本は閉じられた。



+++



「うー・・・よ、ようやく着いた、のだよ」
「師匠!大丈夫ですか!?」

この師弟が出会って、既に何年ものの歳月が過ぎようとしていた。

「こ、ここが・・・噂の、万屋さん、なのだね?」
「そうですよ!師匠、ついに着いたんです!」

ほら!と弟子が、”フタヤ二番街”と書かれた地図を広げる。
そこには、マジックの赤いラインを辿った先に、確かに、”万屋カオス”と書かれた店があった。

「えー・・・でもなあ、この店、入るの怖いー・・・」
「そうですか?大丈夫ですって!」
「ううう、ならピピン一人で行ってきてよう・・・」
「えっ!?」

ピピン、と呼ばれた弟子は、折りたたんだ地図をローブの内側にしまい、
その手に持っていたちくわを弄びながら言う。

「そんなあ・・・師匠も行きませんか?」
「やぁーだぁー!パディさん、そんなおっかない店、行きたくないのだよ!」

自分をパディ、と呼ぶ師匠は、ピピンの手にあったちくわを奪って、地べたに座り込んだ。

「じゃあ私はここで待ってるのだよ」
「師匠・・・」

ピピンは、しょうがない、と、心を決めて立ち上がった。

「私行ってくるんで、絶対そこいて下さいね?」
「りょーかいなのだよ!」

「『ツンデレラ』さんに『綺麗な衣装』を・・・変わった依頼だなあ・・・」



困ったように呟いた声は、怪しげな店の中に吸い込まれていった。






お、終わった・・・!

意味分からんけど短編、のつもりがすっかり長く・・・!orz

とりあえずピピンを砂漠出身にしたかったんです。

何が伝えたかったかというと特に何もないんで(←

あんま気にしないであげてください。

表現の間違い?HAHAHA、気にしないさ!(帰れ



てかこれ書くのに一週間かかった自分って!
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2007/07/08 18:53 | Comments(8) | TrackBack() | ツンデレラ(番外編)

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コメント

うおおう。真面目な話になってるじゃん!!!
驚きだわー・・・。

でも途中でSIDE変わってるじゃねーか。
ていうかパディなかなかいい奴になってるぅう。

うむむ・・・。なんか本編より感動だなぁあ。
でわでわ。。
posted by 元やんURLat 2007/07/08 19:18 [ コメントを修正する ]
>>元やん
この話には特にサイドは用意しなかったのよ。
うーんやっぱり混乱の元かな?
なんか用意すんのも面倒でさ!HAHAHA

本編より真面目を目指して書きましたから!
おかげでくさくなっちゃったよ。HAHAHA
posted by あげたまごURLat 2007/07/09 00:22 [ コメントを修正する ]
私、いい奴だなー。
でもね、ただの馬鹿と取れる箇所がある気がするのだよ(・∀・)
HAHAHA、気のせいだよね!

感動的だねー。
ピピンっていい子だねー。
あげたまごって凄いねー。
うふふ、文才頂戴。
posted by パディat 2007/07/09 04:30 [ コメントを修正する ]

あげサン…文才頂戴v

真面目な感じだね。途中泣けたよ…。

ではでは。。。
posted by ガメat 2007/07/09 09:49 [ コメントを修正する ]
違う!!パディもガメも!!
あげの文才を貰うのはウチだぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!

さぁゃちゃんの出身地はジャングルがいいなぁ…
さぁゃちゃんのサイドストーリー求む。
ていうかお祝い書いてくれるかww
posted by さぁゃURLat 2007/07/09 19:36 [ コメントを修正する ]
なんか思ったより反響がよくて一安心、あげたまごです。

>>パディ
キャラ紹介欄があまりにも悲惨だったからね!
ただの馬鹿?
むしろそっちの方が主じゃないのk(HAHAHA

嬉しいねー。
ピピンが無垢な子っぽいねー。
俺すごいねー。(←
うふふ、文才頂戴。

>>ガメりん
ガメさん・・・文才頂戴w

真面目に頑張ったよ!結構楽しかったよ!
一応感動目指してましたから。過去話くらい(わー

>>さぁゃちゃん
そしてそんな3人の文才を貰うのは僕だぁああぁあぁあぁあ!!(帰れ

じゃ、ジャングル・・・
なんでまたそんな考えにくい所・・・
小説書いたよw意味不になったよww
posted by あげたまごURLat 2007/07/09 20:44 [ コメントを修正する ]
パディ、格好いいー!笑

さすがあげ!ギャグの中にも感動が混じっている!
私はそんな器用なこと出来ないわ…つか、それ以前にギャグ書けないしっ;;

砂漠育ち、って格好いい(そこか
posted by Chaos†arcanaURLat 2007/07/09 21:19 [ コメントを修正する ]
>>カオスちゃん
おおう、ぱどさん人気ーい(何

ん、ギャグ要素入ってたか!
いや入れないつもりだったんだけどね。
饅頭とかもギャグみたいですね。HAHAHA
・・・もうあれなの、僕がシリアス書けないのと一緒!(←

砂漠育ち、いいよね(黙れ
posted by あげたまごURLat 2007/07/10 18:25 [ コメントを修正する ]

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